2006年11月21日 (火)

今時の・・。

今年も残すところ後1ヶ月となりましたが、お読み下さっている皆様にはお変わりございませんでしょうか?

本当に寒くなってきましたので、体調管理にはくれぐれもご注意下さいませ。

また、弊社社史である5つの成長ステージを希望され、お読み下さった方々にはお役に立てましたでしょうか?

自身ビックリしているのですが、最近では多い日で1日50名余りの方がブログをお読み下さっており、書く度に段々とプレッシャーを感じるようになってきました。

(いい緊張感で、以前より本を読むようになったので、私にはいいことです。)

私は常に、読んで頂いて(なるほど・・・)と感じて頂けることを念頭に書いておりますので、今後も最低月1回の掲載の中で、納得頂ける方が一人でも多くなるように心がけて参りますので、今後ともご拝読下さいませ。(すいません。月2回の公約は難しいです。)

さて今回は、よく言われている今時の若者について私見を述べてみたいと思います。

私は多い時で、月間5名程の20歳代の方と面接でお会いする機会がありますが、最も感じるのが全く欲がないことと、情熱を感じない人が多いということなのです。

50歳年代から私の38歳年代と今の25歳年代で最も違いを感じるのが、この欲のなさと情熱のなさなのです。

特に年代が一回り違うごとにどんどんと低下しているように感じます。

何故欲がないのか?を考えれば、やはり日本自体が裕福になり過ぎたことが大きいのだと思います。

格差拡大が騒がれておりますが、実は16~20万も稼げば一人ならなんとか生活できますし、別に食べることには何も不自由しないですよね。

昔なら数千円したお寿司でも今や千円で満腹になる。私はこの衣食住の衣食が安くなってそれなりの生活ができてしまうことが、現代の20歳代のハングリーさを奪ってしまった一番の原因だと感じます。

当然、日本全体が裕福になって来て、昔は食べるにも苦労した私たちの両親年代が子供には同じ苦労をさせたくないと、大事に育ててくれ、懸命に働いて作ってくれた世の中ですので、このことには感謝しなければならないと考えますが、反面その過程で甘やかし過ぎた結果がこうなったということも反省せねばならないと考えます。

安く普通の生活ができてしまうことが両極の作用をもたらしており難しい問題なのですが、結婚して子供ができてからいい生活をしようとあがいても遅い場合が多いので、やはり社会人になるまでに親がしっかりと社会たるものを教えてあげるしかないと考えます。

何故情熱をもたないのか?は、親が働くということの社会貢献の意味と情熱を傾ける教育をしてこなかったことや、学校教育・家庭教育の中で仕事の楽しさや難しさ、どんな仕事があって何が自分の適職なのかを考えさせる世の中の仕組み自体ができていなかったことが大きいのではないかと考えます。

勉強はしなさいと厳しくしつけても、それが何の為になって、どんな仕事につけて、その子がどんな人生を送れるのか?までを考えて指導できていない親御さんが多いと思います。

だから青年になっても特に欲もなく、情熱を持たないのだと考えます。

今のニート問題も一番は親がしっかりと教育してこなかったこと、二番目に国の教育課程が間違っていたことが大きな要因だと考えます。

勉強ができる=立派な社会人では決してありません。

親は子供に色んな経験をさせ、特に男の子には職を見せ、自分がやりたいと思うことを発見させて教育費を投じるべきだと私は考えますが、皆様はいかがでしょうか?

学校教育ももう少し社会見学や体験学習を増やして、あなた達が明日の日本を支えるのだよ・・と、この職業はこんな仕事をしていて・・etc、その為に今は勉強することが大事なのだともっと教えてあげるべきだと思います。

来年には上野の国立博物館で1ヶ月間日本の職業を紹介し、子供達に見せるプロジェクトがあるようですが(弊社も出展します)、もっともっとこういう機会を増やして頂きたいものです。

最近ではいじめ問題がクローズアップされ日々悲しいニュースを拝見しますが、我々の時代でもいつの時代でも永遠にいじめがなくなることはないと思います。

確かにいじめの質は悪いかもしれませんが、一番は両親が気づいてあげることしかないと思います。朝、夜、休日のどこかで必ず会話をして顔色を見ていれば、大体は分かると思います。そして(いつ、どんな時でも絶対に守ってやるから・・・。)と声をかけてあげれば、自殺という選択肢にはいかなったのでは・・と思います。

色んなケースがあったでしょうから、確かに先生側の問題やいじめた側の悪質さが度を越していたのかも知れません。

しかし一般的に考えれば、やはり毎日いる両親が気づいてあげるしか方法はないと思います。

悲しい嫌な話ですが、先の人生がもっと楽しくて、いいことが待っているというような希望を感じる世の中を作りあげ、そのことをしっかりと大人が子供達に教育していかない限り、これからの日本はもっと墜落していくと思います。

恐らく国としてドン底を見て、とんでもないことがおきない限り本当の結束はなく、本当の改革はできないでしょうが、それが小事のうちに変わることを切に願います。

いつも言うようですが、声に出す大人が増えれば、今の世の中は実は大きく変えるチャンスにあると思います。

ですので、皆さんも積極的に声にだして、意見をして下さいね。

必ず自分達にも、子供達にもつながってくるのですから・・。

それでは今回はこれにて・・・。

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2005年10月13日 (木)

教えるって何だろう?

先日2人の子供が将棋をしていました。

9歳対7歳の対決。

過去に2回程各駒の進め方を教えた程度で、一手先を読んで打つことは、まだ教えたことがなく、私が子供と数度対戦した時に、そこで直面した差し手だけを少し解説した程度でした。

何気なく見ていると、お互い角交換をした後、7歳が単純に角で王手、9歳が銀で角道を閉じれば、そこでなんと7歳が桂馬を手に取り、その銀の前にはって”王手”と一言。

9歳はあっさり銀で桂馬を取り、角道をあけてしまい終了。

7歳に”お前、あの手、先を読んで打ったの?”と聞けば”うん”と一言。

”何で知ってたの?”と聞けば”前に、お父さんが説明してたやん。”ですって。

記憶では、3ヶ月以上前のことですよ。

わが子ながら、”天才!!”と叫んでしまいました。(親ばかです。)

そこで、9歳が少しかわいそうでしたので、2人にたった1時間、実践形式で説明しながら教えたところ、2人とも少し先を読むことが理解できたようで、以後の勝負のやり取りを見ていると、”ここにはったらタダやし・・・。”とか言って、先をシュミレーションしてるのが分かります。

我ながら子供の上達に目を細めて見ていたのですが、実践の中で教えていくことがいかに大切で、理解を深められるか?を再認識させられました。

最近、外出時に他人の子供さんを見ていて、よく妻とも”あの子、怪我するんちゃう?”とか”危ない!親はどこや?”と非常に気になることが多くなった気がします。

5歳以下の子供を川べりに放置して、遠くで親はビールを飲んでるとか・・・私の常識では到底考えられない状況が多すぎます。

道路を歩けば、車や後ろからの自転車に気をつけまっすぐ歩くとか、階段は走らない、外では親から目の届かない所に勝手に行かない・・・などなど私は小さい時からその場で厳しくしかりつけるようにしていました。

ですので、7歳や9歳であっても、人に預けて迷惑をかけたことが、記憶にありません。

子供同士のけんかや言葉遣い、食事の姿勢や時間、お金(仕事1Hでもらえる代金)など私の常識の範囲での理屈、理論、ここまでは許す、許さないという基準をその場面の都度説明するように心がけています。

教えるってそういうことだと考えています。

これは、仕事にもあてはまるような気がします。

部下を指導する時に、いかに実践の中での細かな説明を最初に行うか?いかに求める範囲を最初に明確にし、作業に取り組んでもらうか?

自分の仕事を数年後に任せ、満足を得るには、この”最初の説明”が非常に重要だと考えます。

1年、2年もたってしまうと、だんだん求めにくくなっていくものです。

これを心がければ、立場があがっても、部下に仕事を任せられ、自分も次のステップの仕事ができるようになる!そう思います。

そういう私も、人に任せていけるよう、しっかりと”最初の説明”ができる整理をすることがたくさんあります。

さあ、今日もがんばって一つの課題を整理していきます!!

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